3章 グローバルスタンダード
邦銀に期待されるリーダーシップとは
人類と生態系にとって壊滅的な気候崩壊を避け、持続可能な環境を維持するためには、私たちに残された時間はわずかしかありません。1.5度の気温上昇に抑えるためには、2050年までに二酸化炭素の排出を実質ゼロにしなくてはならず、このためにあとたった10年で排出量を半分にする必要があります。そのためには、あと10年で先進国では石炭火力発電所を全廃し、途上国も含めて20年後には石炭火力発電所を稼働させることができなくなります。
石炭火力発電所のような大規模なインフラ投資には計画から投資回収までに何十年もの時間がかかることから、今後、新たな石炭火力発電所の建設や石炭採掘の拡大計画を行う余地は残されていません。また、対策が遅れるほど、コストが上がると言われています。すでに、石炭火力と比べて再エネの価格が世界の主要マーケットで下がっており、早期の自然エネルギーへの移行が重要です。
石炭や化石燃料の大規模プロジェクトの実現に大きな役割を果たす銀行は、こうした事業から撤退し、自然エネルギーへの移行を促進する役割が期待されています。したがって、銀行の投融資ポリシーが、パリ協定の1.5度目標と整合的であることが求められ、欧州の銀行を中心にその動きは加速しています。本章では、世界の主要民間銀行の化石燃料(石炭・石油・ガス)ポリシーと邦銀のポリシーを比較し、邦銀が進むべき道筋を明らかにします。
パリ協定(1.5度目標)との整合性
世界の石炭火力発電所はパリ協定のベンチマークと一致しない。
出典:Climate Analytics世界の温室効果ガス排出量の削減ロードマップ
出典:IPCC1.5度報告書1.5度目標達成には、現在のNDCよりも29~32ギガトンさらに排出を抑える必要。
出典:UN environment日本でも間もなく洋上風力、太陽光発電、陸上風力が石炭火力より安くなる。
出典:カーボントラッカー 他新規再エネが新規石炭火力よりも安い地域。新規石炭火力建設で6000億ドルが無駄になる可能性。
出典:カーボントラッカー世界基準に遅れをとる日本の銀行
世界の銀行 ポリシー評価比較
- バブルチャート
- 銀行一覧
銀行 | 国 | ガス・石油 ポリシー評価 (120満点) | 石炭 ポリシー評価 (80満点) | 合計 |
---|---|---|---|---|
中国農業銀行 | 中国 | 0 | 0 | 0 |
ICBC | 中国 | 0 | 0 | 0 |
中国銀行 | 中国 | 0.5 | 0 | 0.5 |
モントリオール | カナダ | 0.5 | 0 | 0.5 |
中国建設銀行 | 中国 | 0.5 | 0 | 0.5 |
CIBC | カナダ | 0.5 | 0 | 0.5 |
スコシアバンク | カナダ | 0.5 | 0 | 0.5 |
RBC | カナダ | 1 | 0 | 1 |
TD | カナダ | 1.5 | 1.5 | 3 |
三井住友銀行 | 日本 | 2 | 3.5 | 5.5 |
バンク・オブ・アメリカ | アメリカ | 1.5 | 4.5 | 6 |
三菱UFJ銀行 | 日本 | 1.5 | 4.5 | 6 |
みずほ銀行 | 日本 | 0.5 | 6.5 | 7 |
OCBC銀行 | シンガポール | 0 | 8 | 8 |
DBS | シンガポール | 1.5 | 7 | 8.5 |
クレディ・スイス | スイス | 2 | 7 | 9 |
UOB | シンガポール | 0.5 | 8.5 | 9 |
ウェルズ・ファーゴ | アメリカ | 6 | 3 | 9 |
ANZ | オーストラリア | 0.5 | 10 | 10.5 |
ドイツ銀行 | ドイツ | 1.5 | 11.5 | 13 |
インテササンパオロ | イタリア | 0.5 | 18 | 18.5 |
モーガン・スタンレー | アメリカ | 6 | 13 | 19 |
オーストラリア・コモンウェルス | オーストラリア | 7.5 | 12 | 19.5 |
JPモルガン・チェイス | アメリカ | 6 | 13.5 | 19.5 |
HSBC | イギリス | 7.5 | 13 | 20.5 |
サンタンデール | スペイン | 6.5 | 14 | 20.5 |
NAB | オーストラリア | 3.5 | 17.5 | 21 |
ゴールドマン・サックス | アメリカ | 5.5 | 16 | 21.5 |
シティ | アメリカ | 6 | 16 | 22 |
ウエストパック | オーストラリア | 3.5 | 20 | 23.5 |
スタンダードチャータード | イギリス | 9 | 16.5 | 25.5 |
UBS | スイス | 8.5 | 17 | 25.5 |
コメルツバンク | ドイツ | 12 | 14.5 | 26.5 |
BBVA | スペイン | 8 | 20 | 28 |
バークレイズ | イギリス | 11 | 21 | 32 |
ING | オランダ | 17 | 28 | 45 |
ソシエテジェネラル | フランス | 11.5 | 45 | 56.5 |
UniCredit | イタリア | 25.5 | 33.5 | 59 |
RBS | イギリス | 19.5 | 40 | 59.5 |
BNPパリバ | フランス | 30.5 | 36 | 66.5 |
BPCE / Natixis | フランス | 20 | 53 | 73 |
クレディ・アグリコル | フランス | 15 | 67 | 82 |
ABN AMRO | オランダ | - | 26 | - |
クレディ・ムトゥエル | フランス | - | 75 | - |
PNC | アメリカ | - | 8.5 | - |
USバンコープ | アメリカ | - | 12.5 | - |
出典:Banktrack「Banks and Fossil Fuel Financing」 作図・作表:350 Japan
世界の銀行ポリシー比較
下表は、ドイツのNGO、Urgewaldによるブリーフィングペーパー「Commercial Banks and Coal: A Policy Analysis(邦訳:商業銀行と石炭:ポリシー分析)」を基に、世界の主要民間銀行45行の石炭ポリシーの内容を比較しています。なお、日本の3メガバンクは、原則として、新規石炭火力発電所向けのファイナンスを禁止していますが、例外規定を設けていることから、この分析に含まれていません。主なポイントは、以下の通りです。
- 37行が該当
- 30行が該当
- 7行が該当
- 相対的基準:収入に占める比率、発電比率
- 17行が該当(基準は50%〜15%まで)
例:英Royal Bank of Scotland(RBS)は、パリ協定に整合的な移行計画を持たない場合、2021年までに15%基準の企業への融資・引受を停止。(RBSのポリシーによれば、2030年までには石炭から完全に撤退。2021年までにパリ協定に整合的な移行計画を持たない主要な石油・ガス企業への融資・引受も停止する。)
また、仏NatixisとCrédit Agricoleは、企業融資、投資業務だけでなく、アドバイザリー業務、金融派生商品、石炭資産の買収ファイナンス、第三者アセットマネージメント、保険に至るまで包括的にポリシーを適用している。
- 絶対的基準:石炭火力容量、石炭生産量
- 1行が該当
5GW以上の石炭火力容量、または年間1000万トン以上の石炭生産を行う企業を除外。相対的基準は、企業のビジネス全体に占める石炭関連のビジネスの割合に過ぎないため、より重要な指標として、絶対的基準を採用する流れが機関投資家を中心に生まれ、銀行にも広がっている。
- 6行が該当
パリ協定との整合性の観点から、拡大計画を持つ企業へのコーポレートファイナンスの制限は非常に重要。
- OECD諸国は2030年まで、その他の国は2040年まで
- 7行が該当
例:豪Commonwealth Bank、RBS、Crédit Mutuelは2030年までに完全撤退。
仏Société Générale、Crédit AgricoleはOECD諸国は2030年までに、その他の国は2040年までに完全撤退。Crédit Agricoleは企業が石炭関連資産を単に売却するのではなく、全廃することを求めている。
①石炭火力発電への新規プロジェクトファイナンスを禁止 | ②石炭採掘への新規プロジェクトファイナンスを禁止 | ③石炭関連インフラへのプロジェクトファイナンスを禁止 | ④コーポレートファイナンスへの制限(相対的基準) | ⑤コーポレートファイナンスへの制限(絶対的基準) | ⑥石炭(採掘、発電、インフラ、取引)の拡大計画を持つ企業 | ⑦フェーズアウトの期限 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
ABN Amro | ✔ | ✔ | ✔ | ✔ (石炭火力のみ) | |||
Barclays | ✔ | ✔ | ✔ | ||||
BBVA | ✔ | ||||||
BNP Paribas | ✔ | ✔ | ✔ (石炭採掘のみ) | ✔ (石炭火力のみ) | ✔ (石炭火力のみ) | ||
CaixaBank | ✔ | ✔ | ✔ | ||||
Citigroup | ✔ | ✔ | |||||
Commerzbank | ✔ | ✔ (石炭火力のみ) | |||||
Commonwealth Bank | ✔ | ||||||
Crédit Agricole | ✔ | ✔ | ✔ | ✔ | ✔ | ✔ | |
Crédit Mutuel | ✔ | ✔ | ✔ | ✔ | ✔ | ✔ | ✔ |
Credit Suisse | ✔ | ✔ | |||||
Danske Bank | ✔ | ✔ | |||||
DBS | ✔ | ✔ | |||||
DBS | |||||||
Deka Bank | ✔ | ||||||
Deutsche Bank | ✔ | ✔ | ✔ | ||||
DnB | ✔ | ||||||
DZ Bank | ✔ | ||||||
Erste Group | ✔ | ||||||
Goldman Sachs | ✔ | ✔ | |||||
Handelsbanken | ✔ | ✔ | |||||
Helaba | ✔ | ✔ | ✔ | ||||
HSBC | ✔ | ✔ | |||||
ING | ✔ | ✔ (石炭火力のみ) | |||||
Intesa Sanpaolo | ✔ | ✔ | |||||
JPMorgan Chase | ✔ | ✔ | ✔ (石炭採掘のみ) | ||||
KBC | ✔ | ✔ | ✔ (石炭火力のみ) | ||||
Lloyd’s | ✔ | ✔ | |||||
mBank | ✔ | ||||||
NAB | ✔ | ||||||
Natixis | ✔ | ✔ | ✔ | ✔ | |||
Nedbank | ✔ | ||||||
OCBC | ✔ | ||||||
PNC | ✔ | ||||||
Rabobank | ✔ | ✔ | ✔ | ||||
RBS | ✔ | ✔ | ✔ | ✔ | |||
Santander | ✔ | ✔ | |||||
SEB | ✔ | ||||||
Société Générale | ✔ | ✔ | ✔ | ✔ | ✔(その他の基準と共に) | ✔ | |
Standard Chartered | ✔ | ✔ | |||||
Swedbank | ✔ | ✔ | |||||
UBS | ✔ | ✔ (石炭火力のみ) | |||||
UniCredit | ✔ | ✔ | ✔ | ✔ | |||
UOB | ✔ | ||||||
US Bank | ✔ | ✔ |
出典:Urgewald 「Commercial Banks and Coal: A Policy Analysis」 作表:350 Japan
Case Study
ポリシー評価比較で、石炭ポリシー、石油・ガスポリシーの現段階のトップレベルのスコアを獲得している2行の事例を紹介します。
12 place des Etats-Unis, Montrouge cedex, 92545, France
+33.1.57729045
https://www.credit-agricole.com/
Dominique Lefebvre
Chairman of the Board
Philippe Brassac
Chief Executive Officer, Member of the Executive Committee, Member of the Executive Committee
Philippe Dumont
Deputy Chief Executive Officer of Credit Agricole Assurances, Deputy General Manager, Head of Insurance, Member of the Management Board, Member of the Executive Board
-
【ポリシーの適用範囲】
全ての銀行グループの投融資活動、すなわちプロジェクト向けファイナンス(プロジェクトファイナンス、バイヤーズクレジット、アドバイザリー業務等)、およびその他のファイナンス(一般目的)、株式投資、アクティブ・パッシブ運用、保険業務。 - 銀行は新規石炭火力発電所開発または拡張計画へのファイナンスを行わない。
- すでに稼働している石炭火力発電所のリファイナンスは行わず、また銀行の関与によりこれらの発電所の稼働期間が伸びないように留意する。
- 2020年3月から、新規の顧客について、石炭火力発電開発に関わる企業との取引は行わない。
- 銀行は、収入の25%を石炭産業から得ている企業で、2021年までにパリ協定の目標に整合的な移行計画(新規事業の開発を行わず、EU・OECD諸国で2030年までに、その他の国で2040年までに既存の石炭関連ビジネスから撤退する計画)を示さない企業とのビジネスを行わない。
- 2021年までに石炭からの撤退計画を示さない企業は「ウォッチリスト」ポートフォリオに分類され、エネルギーの移行に関するファイナンス、投資のみに取引が限定される。
- 移行計画に関わらず、投資、アセットマネージメントについては、収入の25%以上を石炭採掘から得ている、または50%以上を石炭採掘および石炭火力発電から得ている企業からダイベストメントする。
- 移行計画に関わらず、プロジェクト向け、またはその他のファイナンス業務については、収入の50%以上を石炭(石炭採掘、発電所、関連インフラ)から得ている顧客は「ウォッチリスト」ポートフォリオに分類され、(石炭採掘のみに従事している企業を除く)これらの業務は行われない。
業種
連絡先
16 boulevard des Italiens 75009 France
+33.1.40144546
https://group.bnpparibas/
Jean-Laurent L. Bonnafe
Chief Executive Officer, Member of the Executive Committee, Director
Philippe Bordenave
Chief Operating Officer, Member of the Executive Board
Nathalie Hartmann
Head of Compliance Function, Member of the Executive Committee
Franck Roncey
Group Chief Risk Officer, Member of the Executive Committee
-
【ポリシーの適用範囲】
以下に該当する、全ての新規プロジェクトおよび企業に対する全てのファイナンス業務(融資、債権・株式資本市場、保険、アドバイザリー業務等)。また、ポリシー適用前の企業との取引にあたっては、契約のレビュー段階で適用。また、インデックス連携商品を除く全てのアセットマネージメント(第三者アセットを含む)に適用される。外部アセットマネジャーは同様の基準の実施を奨励される。 -
【本ポリシーで対象となる非在来型石油・ガス】
オイルサンド、シェールオイル・ガス、北極圏の石油・ガス -
【非在来型石油・ガスプロジェクト】
BNPパリバは、以下のグリーンフィールドまたはブラウンフィールドプロジェクトに対して、金融商品またはサービスを提供しない。
・非在来型石油・ガス資源の探査および生産
・非在来型石油・ガスを大量に輸送するパイプライン
・非在来型石油・ガスを大量に供給するLNG輸出ターミナル -
【非在来型石油・ガスに関わる企業】
BNPパリバは以下のいずれかに当てはまる企業に対して、金融商品またはサービスを提供しない。
・保有する全埋蔵量のうち、非在来型石油・ガスが大きな割合を占めている石油・ガスの探査・生産企業
・非在来型石油・ガスの探査・生産が全収入の大きな割合を占めている(探査、生産、川中、川下)企業
・非在来型石油・ガスの資源が業務の大きな割合を占めている商社
・非在来型石油・ガスが大量に供給されるLNG輸出ターミナルを所有または運営する企業 -
・上記に当てはまらない、非在来型石油・ガスに関わる企業に対して、BNPパリバはその他の必須要件および評価基準を適用する。
・必要に応じて、BNPパリバは外部専門家に本ポリシーの要件に関して調査を依頼する。
・BNPパリバは石油・ガス企業のパフォーマンスを本ポリシーに沿って定期的に評価する。違反が見つかった場合、適切な期間内の改善策について対話し、もし合意に至らなかった場合、当該企業との新規取引を断ち、既存の取引についても契約を考慮しつつレビューの対象とする可能性がある。
3メガバンクが目指すべき
グローバルスタンダード
ポリシー基準(提言)
- 持続可能な社会を創造するため、パリ協定に整合した脱石炭・脱化石燃料戦略の構築。
- 脱石炭ポリシーから例外規定を除き、現在検討中の案件も含めた、新規の石炭火力支援からの完全撤退。
- 脱石炭ポリシーの適用範囲をコーポレートファイナンスまで適用。パリ協定と整合的でない石炭火力発電の開発計画や拡大計画を持つ企業や、2030年までにOECD諸国で、2040年までに世界全体で石炭火力発電からのフェーズアウト計画を持たない企業からのダイベストメントを実施。
- 国連責任銀行原則やTCFD提言に沿った、パリ協定の1.5度目標と整合的な期限付きの目標と指標の提示。また、化石燃料や炭素集約的な部門へのファイナンスに関する情報開示の徹底。
資料リンク(引用・出典・参考)
キーワード・内容 | パート | 出典 | 資料リンク |
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ポリシー評価 | 3-A | BankTrack | Banks and fossil fuel financing |
世界の銀行ポリシー | 3-B | Urgewald | Commercial Banks and Coal: A Policy Analysis |
コーポレートファイナンスを制限(相対的基準) | 3-B | The Royal Bank of Scotland | Annual Report and Accounts 2019 |