DIVEST NOW

ダイベスト最前線

服を選ぶように銀行も地球やみんなに良いものを選びたい
辻井隆行(前パタゴニア日本支社社長)

第六回目は、パタゴニア日本支社社長 辻井隆行さん。


辻井さんは大のアウトドアスポーツ好きで、それが高じてパタゴニア社に入社したそうです。山に登ってスノーボードをしたり、海でサーフィンをしたり、アクティブに活動されている辻井さん。最近では、さまざまなフィールドで気候変動の影響を感じるようになったと話します。


「環境問題って、地球を守るっていう風に捉えられがち。だけど実際は人間の問題で、温暖化が進もうが、種が絶滅していこうが、仮に人間がいなくなったとしても地球自体は存在し続ける。だからこれは人間の問題で、多くの人はその前提を違う風に見てしまう。だから経済か人間か、環境か人間かって二項対立の議論や思考になってしまうと思うんですね」


私たち人間は、自ら地球を住みにくい環境へとどんどん変えていってしまっている。その原因の85%は、ビジネスによるものだそうです。パタゴニア社は環境問題に対し、ビジネスを使って問題解決のための方向性を示したり、問題のスピードを遅らせることに取り組んでいます。また、問題解決に向けて実際にアクションも起こしています。


そのなかで日々自分のできることを模索していると話す辻井さん。そんな辻井さんが、問題解決の一つとして選んだのが「ダイベストメント」です。辻井さんが行動に移すまでのパーソナル・ストーリーについてお話を伺いました。


Q、ダイベストは何をきっかけに知りましたか?

ちゃんと知ったのはシンくん(350 Japan 代表)に出会ってから。2010年くらいからESG投資、SRI投資(=社会的責任投資)などに関心を持っていましたが、シン君に出会って「ダイベストメント」という言葉を知り、やっぱりお金の使い方ってすごく大切だよなって思いました。自分の預貯金の行方と環境問題を結びつけて考えるようになったのは、恥ずかしながら最近のことです。

Q、今回はどの口座をどの銀行に変えたのですか?

ソニー銀行です。350.orgのサイトダイベストメントの資料を見たりしながら、口座を決めました。 以前までは、3大メガバンクのうちの一つの銀行を使っていました。どんなところに投資しているかということを、なんとなくは知っていたけれども、どこの銀行がどれくらい原発や石炭火力に投資しているかが具体的な数字で見えると説得力がありますね。

Q、どんな理由で変えられたのですか?

シンくんに出会って、ものすごく真剣にダイベストメントについての話をしてくれました。そのとき、自分がいつも言っていることと、実際にやっていることが矛盾しているっていう風に思ったんですね。

面倒臭いからっていう理由で、18か19歳のときに初めてアルバイトをしたときにつくった口座をそのまま使っていたわけです。例えば、ローンを組むときに、やっぱり金利が安いところで借りる、そこで口座をつくる。そういう理由で銀行と付き合ってきて、でもそれって洋服が安いから安い方を買うっていうのと一緒なんですよね。

安いだけの洋服を買うと、その背後にいる人が傷ついたり、環境が壊されたりするから嫌だな、それはやりたくないなっていう自分がいるのに、銀行の選択で同じことをやっていた。それが嫌で口座を変えることにしました。

Q、銀行を変えるのは大変でしたか?口座をつくるのに、どれくらいの時間を要しましたか?

決めたらすぐでした。

Q、口座をつくるプロセスの中で特に難しいと感じたことはありますか?

特になかったですね。デジタルに弱い僕でも出来たので、ネットバンクは多くの人にとって選択肢になると思います。以前からのメガバンクの口座に使途の決まっている預貯金が残っているので、それがなくなり、口座を閉鎖すればダイベストメント名人に認定です。

2007年にシーカヤックで旅をしたチリ、フエゴ島。写真:奈良亘(わたる)

Q、変えてみてどうでしたか?気持ちの面での変化はありましたか?

口座を変えただけで自分がダイベストメントしたからクリーンだとも思いませんし、一件落着とも思っていません。よし、僕はいち抜けたってことではなくて、このあとどうするかが大事かなって思います。

僕個人だけの話だけではなく、社会全体の仕組みが良い方向に向かっていってほしいなと思っています。例えば、洋服に限らず、地産地消は理想のかたちの一つであることは間違いないと思います。ローカルで経済がしっかり回れば、海を越えてものを運んだりしなくて済むし、地域の人たちがそれぞれの役割を持ち、相互依存のかたちで成り立っていく。

洋服づくりもいわゆる手工芸品のような、機織りで1日7mしかつくれませんっていう生地でつくれば、そこで何十人もの人が働ける。それを地元の人がつくって、地元の人が着るっていうのが理想といえば理想です。ただ一方で、ファストファッション業界の人たちにハンディクラフトが一番です、これが正しいんですって言ったところで一足飛びに変わらない現実もある。

そういう意味で、まずは社会全体の仕組みをもう少しバランスのとれた、持続可能なかたちにすることが大事だと思います。例えば、多くの人権問題や環境汚染を引き起こしているTシャツなどのコットン製品で言えば、生産の背景で少なくともみんなが健康にやっていけるとか。洋服をつくっている人も、その国の中で幸せに暮らしていけるような待遇を受けて、買う人もつくる人も同じように幸せを享受できる仕組みになってほしい。

銀行にしても、メガバンクも全体としては小規模だとはいえ、ESG関連の投融資を行って良いことをしていたりもしますし、そこで働いている人も大勢いるわけで、そういう銀行が持続可能なかたちでビジネスを続けていけるような仕組みができてほしいです。

僕自身は、敵味方みたいにするのは、あまり得策ではないと思っています。100%のwin-winはなくても、みんなにとって良い、70%くらいのところを探す。何が正しいかを問うよりも、どんな影響があるかっていうことの方が、今は関心があります。もちろん前提としては、何が正しいか考えたうえで。ダイベストメントはそういったことを考える、すごく良いきっかけになりました。

Q、銀行へ伝えたいメッセージはありますか

世界が良くなるようなお金の使い方をしてほしいです。社会が良くなるようなことにお金を使って、そこで働いている人も給料がもらえて成り立っていくっていう、そういう仕組みが出来たら素晴らしいんじゃないかなと思います。

Q、読者へのメッセージを一言お願いします。

350 Japan のダイベストメントに関する活動によって、これまでには見えていなかったストーリーが見えるようになりました。例えば銀行に行っても、有名な俳優さんや女優さんの綺麗な顔写真があって、金利のこととか、便利なサービスのことは説明してあっても、お金を預けたときに、どんなストーリーがあるのかは提示されていない。でも、350 Japan の活動によって、そこが開示され始めている。

持続可能な社会にとって、透明性は最も大事なことの一つになるはずです。何でもかんでも開示というわけにはいかないと思うけど、見せるべきものっていうのがあると思います。ダイベストメントは、いろんな人が裏側のストーリーを知るっていうことのきっかけになると思います。

Q、最後に、今後の展望について教えてください。

今後パタゴニアでは、同じ価値観を持つ方々がつながっていけるようなコミュニティをつくりたいなと思っています。その一環で始めたのは、パタゴニアのアプリ。購入履歴やリペアの履歴をはじめ、パタゴニアが発信しているイベントや活動についての情報も見ることができたり、パタゴニアがかかわっている映画本編や動画が観れたりします。ぜひたくさんの人に使っていただけると嬉しいです。


辻井隆行(つじい・たかゆき)

アウトドア用品ブランド パタゴニア日本支社社長。東京出身。早稲田大学教育学部卒業、早稲田大学大学院社会科学研究科修士課程(地球社会論)を修了。大学院修了後、シーカヤック専門店「エコマリン東京」に入社。アウトドアスポーツに魅了され、国内外を回る。パートスタッフとしてパタゴニア東京・渋谷店に勤務。その後正社員となり、パタゴニア鎌倉店勤務、マーケティング部勤務、ホールセール・ディレクター(卸売部門責任者)、副支社長などを経て、日本支社社長に就任。

シェア